真実を知るために
二次被害・三次被害の経験者として
代表挨拶
私の11歳の長男が英語塾に行く途中、横断歩道でトラックに衝突されました。頭部打撲で救急手術を受け、奇跡的に命は助かりましたが、重度障害者となりました。昭和62年(1987年)11月のことでした。
加害者は自動車保険に未加入で、事故の責任を意識のない長男に擦り付ける嘘をつきました。結局、私の自動車保険の特約でお金を賄うほかありませんでした。
最初に相談した弁護士は、加害者が嘘をついていることや保険未加入であることを踏まえ、厳しく処罰を求める手紙を書き、検事に届けると約束しました。しかし、彼はその手紙を握りつぶしてしまいました。
その理由は、彼が検事から国選弁護士の仕事を受けていたため、検事の負担が増えないよう「忖度」し、被害者の人権を踏みにじったからです。
3人目に探し当てた弁護士は、私の話を理解し、民事訴訟を引き受けてくれました。判決を取ることはできましたが、特約であるにもかかわらず、損保会社は支払いを拒否しました。
一審の判決には納得できず控訴したところ、日本一の大幅勝訴となりました。加害者が上告しましたが棄却され、最高裁でも勝訴しました。それは平成5年(1993年)、事故から7年が経過した時のことでした。
この間、二次被害・三次被害という地獄のような経験を余儀なくされました。
当時、私が入会していた交通事故遺族の会の会員たちが集まり、助け合いながら人生を取り戻す活動を始めました。その後、新たに重度障害者の団体も加わり、事故から14年後の2001年に本会を設立しました。
(孤立を避けるため、重度障害になったご家族の方は本会に入会し、人生を取り戻すための助け合いボランティア活動に参加することをお勧めします。)
ご注意:加害者だけでなく、弁護士・損保会社・警察などにも目を向けましょう。
参考書:「会員のお便り 第92号」および「会員のお便り 第81号」参照。